ウクライナ国内の地名の呼び方が変りましたが、旅行は2008年でしたので、古い呼び方のままにします。

ウクライナ旅行記ー8日目 オデッサ(2)
08/07/23

クルーズ船のスタッフに、楽しませてもらいました。


 朝食後船の出発までまとまった自由時間があったので、パルチザン博物館に行くことに
しました。駅でそのツアーの看板を出しているというので、駅まで歩いて行きました。
 駅まで予想外に時間がかかり、しかもツアーが見つかりませんでした。やむをえずタクシー
を拾いました。タクシーを利用する時はいつも事前に値段交渉しますが、40か50ドル
くらいだったでしょうか?

 

 
オデッサ駅まで歩いて、電車を見ました。


 パルチザン博物館は石灰石の白い廃墟、地下深い洞窟にあり、ここで第二次世界大戦中
に抗独パルチザンが立て籠りました。折よく入り口にガイドさんがいて、そのガイドさんの
求めに応じて入場料を払い、他の数名の客と一緒に洞窟の中に入りました。
 中は外の暑さと打って変わって寒いほどでした。年中10度から15度くらいで一定だと言って
いましたが、何度だか忘れました。ドイツに対抗した年の冬は、ことの他寒く氷点下20度くらい
に下がりましたが、パルチザンは洞窟にいるのでぬくぬくと過ごすことができたそうです。
 しかし、洞窟では陽が当たらないので色が白くなってしまいます。顔色が余り白いとパルチザン
だと敵に分かってしまうので、地上へは化粧して行ったそうです。
 藁のベッド、台所、指令室、銃や機関銃、ヒットラーの顔の落書き。以上は洞窟内で、地上の
建物内の博物館には、多分当時の英雄だと思われる写真等が展示されていました。
 因みに、オデッサの19世紀の建物は殆んどこれらの鉱山から切り出された石灰石からできて
いて、その結果切り出された跡がトンネルとしてオデッサの町の地下に、迷路のように延びてい
ます。このトンネルの存在がオデッサに地下鉄ができない理由だそうです。
 ガイドブックにある他の2〜3の博物館を見学したかったのですが、全て工事中だったのか、
閉まっていました。

パルチザン博物館

博物館の上は、道路になっています。
パルチザン博物館にあるオブジェ

かなりの人気のようです。
パルチザン博物館の展示物

少し町ブラして、船に戻りました。


船はヤルタに向かって18時頃出発しました。





しばらく行くと遠方の船が水平線に浮かんでいました。
すわ蜃気楼かと期待して見ていましたが、単に視界が悪いだけだったようです。

蜃気楼かと思いましたが、どうでしょうか。


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