ウクライナ国内の地名の呼び方が変りましたが、旅行は2008年でしたので、古い呼び方のままにします。

ウクライナ旅行記ー7日目 オデッサ(1)
08/07/22

 朝起きたらオデッサに到着していました。太陽が既に上がっていました。積み下ろし用の
クレーンが目立ちました。この町は、古くはギリシャの植民地でもありました。
 人口100万人のウクライナ第4の都市。19世紀、ここはヨーロッパ各国の人が集まる
国際都市でした。特にユダヤ人は1897年に人口の37%を占めたそうです。第二次世界
大戦中、ここはドイツ、ルーマニア連合軍に占領され6万人のオデッサ市民(殆んどがユダヤ
人)が虐殺されるか追放されました。1970年から1990年にかけてオデッサのユダヤ人
の大多数が、イスラエル、米国、西欧諸国に移住しました。



 

 

 9:00から市内観光。古い建物が目立つ町です。ポチョムキンの階段、リシュリュー公
の銅像、ロンドンスカヤホテル、オペラ座、プーシキンの銅像、プーシキンハウス等。
〇〇公園で短時間の自由時間があり、100ドルを現地通貨に両替しました。いくつかの
店舗に両替所がありました。買い4.60グリブナ/ドル、売り4.68グリブナ/ドルなので、
1グリブナ24円と思えば良いです。各宗教の説明がありました。

ポショムキンの階段

ポショムキンの階段のてっぺん
ポショムキンの階段から見下ろす黒海


リシュリュー公の銅像


ロンドンスカヤホテル



考古学博物館

オペラ座 オペラ座のアップ

 昼食後個人でオデッサの町を歩いて観光しました。路面電車が走っていました。表通りの
建物はきれいに手入れされていましたが、少し外れると窓枠など悼んだ部分もありました。
屋外に咳のある店で食べたソーセージが美味でした。










プーシキンの銅像




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